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亜洲お土産習慣

好きでも疲れる台湾ライフ
子どもの叱り方・中華風
二階のパキスタン
台湾人・夜更かしのヒケツ
嘘でもいいからキレイになりたい・・台湾式藝術照片(写真)
女がすっぴんになる理由;韓国人と日本人
欧州に住む中国人向け雑誌・「新界線」を読む

 

亜洲お土産習慣


一時帰国の予定を周囲に漏らすのはキケンだ。
何故なら、同僚や上司からタバコを買ってこいだの白髪染めを買ってこいだの言われるのがイヤだから!

親しい友人を別として、こういう事を頼むのも頼まれるのも大嫌い。
日頃たいして親しくも無いのに、こういう時に「ついでに」などと平気で言える人間の気が知れない。
彼らに使う「ついで」の時間なんてハナから無いし、もしあったとしたらマンガ喫茶にでも行って、漫☆画太郎先生の著作を読むね、私は。

こういう頼まれごとやらお土産の習慣って皆が鬱陶しいと思ってるにも関わらず、21世紀になっても存続しているのは何故なのだろう?
英国にあっても日系企業同士ではお中元やお歳暮の贈り合いをしている(特にお歳暮)。いい加減にすればいいのにと思う。

しかし、お土産や義理の贈り物に関しては、中国系の人たちのほうが苦労してると思う。
私の友人で台湾人と結婚した女性達なんて、毎回日本に帰ると家電製品や果物や薬類を死ぬほど頼まれて、しかも手荷物で運ばされるため、自分の物など何も買って帰れないと言って嘆いている。
或る友人は、夫の上司(もちろん台湾人)とその家族に「電気毛布を持てるだけ持ってこい」と言われ、電気毛布でいっぱいの荷物を抱えて日本を発ったと言う。台湾って冬が結構寒い割に、暖房関係の電気製品がいまいち充実していないのだが、だからと言って部下の妻に電気毛布の運び屋をさせるかね・・。

私の台湾人の友人(男)も、日本に行く度に同僚の女性達から
「化粧品買ってきて」
「ストッキング買ってきて」
「ブラ買ってきて」
「キティグッズ買ってきて」
などと、男性として足を踏み入れるのに勇気を要する場所にばかり行かされるので辛いとグチっていた。
なら断ればいいじゃないって?そんな事をした日には、同僚全員から「けち!!!」の大合唱。
中華系の人の一番気にする「面子」が丸つぶれになるんである。
恋人でもなんでもないただの同僚の為に、背中を丸めながらこそこそとランジェリー売り場で買い物する方が、よほど面子が立たないんじゃないかと思うが、そこの所は「旅の恥はかき捨て」と言うことなんだろうか?

日本から持っていって台湾人に最も喜ばれるのは、「桃」。
以前、日本在住の台湾人一家と台湾一周旅行をした時、彼らは10箱近くの桃を「手土産」として持参。
もちろん、飛行機の重量制限に引っかかて税金をかけられたりしないよう、連れの日本人とタイ人にも分担させ、私も何箱か持たされて出国。
重い上、ちょっとでも傷むとすぐ腐る果物ゆえ、大変厄介な荷物である。
でも、台湾ではものすごく喜ばれるので、苦労して持って行くだけの価値はあるかも。

私も台湾から日本に一時帰国するとき、何回か果物を頼まれた。
大家さんに、「柿を出来るだけ沢山」と頼まれた時は、結構プレッシャーになった。
何故かというと、「ご家族にどうぞ」と言って、一時帰国する私に、大家さんがバカデカいメロンを持たせてくれていたからだ。
「荷物になるから・・」と断ったのだが、「遠慮しないで!!」と強く言われ、私のスーツケースの中はメロン1個でいっぱいに。(泣)
通関でX線を通した際、スーツケースの中にまん丸な物体が1個だけ入っているのがモニターにはっきり映し出されていて、相当恥ずかしかった。
しかも、そこまで苦労して持ち帰ったメロンは腐っていました。(号泣)
台湾は南国だけあって果物が豊富でおいしいが、桃、柿、林檎などは輸入品で値段が高い割にあんまりおいしくない為、日本に行く人に頼むパターンが定着してる様だ。
韓国に行った時は、友人の家族に何を持っていこうか、非常に悩んだ。
周囲の人から、「韓国の人は日本人みたいにおざなりの、形だけのお土産なら貰わない方がマシだと思っている。
値段もそれなりで貰った人が喜ぶ物でなければ、“見下された”と感じるものだ」と聞いていたし、その様に書いてある本も読んだ事があったので、ヘタな物は持っていけない感じだった。結局、値の張る日本茶か何か贈ったっけ。

こうして考えてみると、韓国、台湾(恐らく中国大陸も)のお土産のやり取りは、かなりの真剣勝負と言える。
選ぶのに苦労し、運ぶのに苦労し、それだけの手間隙をかけるだけ、あなたは価値のある人なんですよ・・という事を示さなければならないわけだ。

日本人の同僚や知人から貰う、空港で買えるお菓子類(ハワイのマカダミア・ナッツチョコとか)や角度を変えるとヌード写真が出てくるボールペン、土地の名前入りキーホルダーといったおざなりなお土産の数々。
私はあんまり欲しくないんだが、みんなどう思っているんだろうか?
誰しも、そんなお土産は大して欲しくはないんだろうけど、それでも「お土産よろしくぅー!!」と挨拶代わりに言ってしまうのは一体ナゼなのだろうか?
これから軽やかに旅立っていく不愉快な輩に、ちょっとぐらい重荷を背負わせてやれ・・という軽い復讐心から?
しかし、その結果受け取るお土産が「マー・ライオン(※)のぬいぐるみ」では、復讐したんだかされたんだか、という感じだ。
心のこもっていないお土産は、時として嫌がらせになるので(※)気をつけたいと思う次第。

※マーライオン・・・シンガポールのシンボルとなっている伝説上の動物。頭はライオン、下半身は魚。海辺にものすごくデカい彫像があり、口から水を噴き出してます。
※嫌がらせのみやげ物・・みうらじゅん氏が「いやげもの」と命名し、研究を重ねているそうです。

 

好きでも疲れる台湾ライフ


ある時仕事の関係で訪れたオフィスに、アジア関係の書籍が沢山あった。
そこの社員のある男性に聞いてみたら、なんと彼は台湾に住んでいた事があると言う。
しかも、時期は違うが、私と同じ中国語の学校に行っていたのだそうだ。こんな偶然はなかなか無い。
そこで、英国に来てかなりの年数になるというその人に、「英国と台湾、どちらの方が住みやすいですか?」と聞いてみた。
彼は、「僕はアジアがものすごく好きで、台湾の方が好きなんだけど・・でも、ここの方が・・・何と言うか、ストレスが少なくて住みやすいんです」と答えた。私が、「“低め安定”という感じでしょうか?」と言うと、大きな声で、「そうそう、正にそんな感じ!」と言っていた。

私のこちらでの生活に伴う感情は、“かなり低め”だが、台湾に居た時に比べると、やはり“低め安定”と言えるかもしれない。
理由は色々あるけれど、今回はそのうちのひとつについて書いて見みたいと思う。

ある日、夫の会社の同僚の中国人男性が、同僚の若い黒人女性に「香港にも、君にそっくりな太っちょの有名人がいるよ」と言った。
それを聞いた彼女は、物陰で泣いていたそうだ。
こういった話はどこのオフィスでもよくあること・・と思われるかもしれないが、他人の容姿や何かをずけずけあげつらうのは、東アジア諸国の特徴だと思う。

私が台湾に居た時、ものすごく疲れたのは、「ハンサム(きれい)」「高学歴」「お金持ち」「息子がいる」更に、「アメリカ帰りで英語が話せる」といった事が、他人の価値を決めるほとんど全てであるという、彼らの考え方や態度である。
そういった事を話題にするのは、天気がいいとか悪いとか言うのと同じぐらい当然であって、そこには何らの悪意も無い代わりに、遠慮や躊躇も無い。

「そんなの、日本も同じじゃん」と思われる人もいるだろうが、根底は似ていても、表現の節度はかなり異なる。
あなたは初対面の人に対して、「お給料、いくら?」「最終学歴はどこ?」と聞くことができるだろうか?
初めて行ったレストランで、「ハンサムだから」と言う理由だけで、一人だけおかずを何品も増やしてもらい、一緒に行った友人から顰蹙を買ったことがあるだろうか?日本人だって、もちろん他人の給料に関心はあるだろうし、初対面の異性の容姿は気になる。
でも日本人の場合、ただ思っているのと、それを言葉や態度で直接表現するのとの間には、多少の溝があるのではないかと思う。

台湾に居ると、一日のうちに何回もこういった会話をもちかけられる。
タクシーの運転手が、銀行員が、セブンイレブンの店員が、初対面のあなたに向かって、「お給料いくら?」「家賃はいくら?」「それは高い!私の家に一部屋空き部屋があるから、今から見に来ないか?」「すっごいハンサムね!おかずおまけしちゃう!!」「息子さんが生まれたの?男の子で本当によかったね!」「大学は国立?」「私の息子はアメリカの××大学大学院の博士課程を出ていてね・・」etcetc・・・と、「最近寒いね」ぐらいの感覚で言ってくるのである。これ、本当の話。

これらの会話は、別にプライバシーの侵害でもなんでもない。
前述のいくつかの条件は、「誰にとっても、絶対にいいに決まっている共通項目」だと認識されているので、学歴が高いとか低いとか、お給料がいいとか悪いとかを話題にするのは当たり前なのである。皆がそれらの「高い目標」を目指して頑張っているのだと信じて疑わない人々にとって、「お金」と「容姿」と「学歴」に関する話題は当然のことなのだ。
だから答える側も、もちろん恥ずかしがったり躊躇したりする必要はない。しかし、それさえあれば万万歳という価値観を持たない者にとって、これらの質問やお誉めの言葉やらは全く無意味で、ただ疲れるだけなのである。
私自身、目に見えるものだけを物事を測る尺度にするのはあまりに単純だと思うし、正直言ってほとんど興味がない。
こういった尺度(「三高」とか?ださ〜・・)は確かにわかりやすいんだけれど、そう言う尺度にばかり頼っている価値観は、わかりやす過ぎてつまらない。第一、「家賃いくら?」という質問に毎日毎日答えていると、時々「そんなこと、どうでもいいじゃない・・・」と、本気でタメ息をつきたくなってしまうのだ。

私は台湾のある部分にものすごく惚れ込んでいて、台湾の事を考えるだけで胸が高鳴ったりするぐらいなのだけれど、台湾で凄まじくひどい目に遭った事もいっぱいあった。
だから台湾での毎日は、バイオリズムがいつも上下に振り切れていて、ジェットコースターに乗ってるみたいに日々が過ぎて行っていた。

今、イギリスでの生活は、台湾にいた時の激しいアップ・ダウンが無い。毎日、手こぎボートでゆらゆら揺れながら、灰色に濁ったテムズ川の上を漂っている様な感じ。“低め安定”なのである。

中国人の男性に「太ってる」と言われて泣いた夫の同僚の女の子だが、確かに彼女は誰がどう見ても太っている。
だけど、大人になってから親しくもない人からそんなことを言われたことは、恐らく殆ど無かったのではないだろうか?と思ったりした。
容貌や学歴を誉めるのならばいいのかと言うと、そういうものでもない。
良きにつけ悪しきにつけ、親しくない間柄で言ったらマナー違反になる話題というのは、欧米社会の方がずっと多い。
他人と接触する際のルールが厳しい国の方が日々を心穏やかに暮らせると言うのは、私なりに学んだ真実である。

 

子どもの叱り方ー中華風・日本風


幼児を抱える若い日本人女性の運営しているHPを見ていたら、「子どもが言うことを聞かないとき、“おばけが来るよ!!”と脅すと怖がって言う事を聞くので、しょっちゅうこの手を使う」と書いてあった。日本の子どもには「おばけ」が有効なのか・・。

前々からヤだなあと思ってたのだが、私の知り合いの台湾人の奥さんは、子どもが言う言うことを聞かないと、
「警察のおじさんが来たよ!!(警察先生来了!)つかまっちゃうよ!」と言って子どもを脅かすのである。
そうすると子どもは一瞬大人しくなるのは確かなのだが、そんなことでいいのか?
「警察に見つかりさえしなければ何をしてもいい」というモラルの無い中国人が多いのは、こういう間違った親の脅かし方の影響が大いに関係しているのでは?と疑いたくなる。

彼女の夫は香港人だ。
彼は、子どもが私と夫の所有物をガチャガチャいじっていると、
「壊したら弁償だぞ!お金は持ってるのか!持ってないなら弁償できないぞ!どうするんだ!」・・・と言って怒る。

警察とカネ。
その二つがからんでいなかったら、何事も恐れない人々。
中華系の人全てがそうだとは言わないが、そういう人達が多いのは確か。
ちなみに、彼ら夫婦もお金に不自由した事など一度も無い人たちだ。
「お金に困ってきたわけでもあるまいに・・」と思うと、不快感が倍増する。情けない感じすらする。

そういう概念を植え付けておいて、後になってから、「警察につかまらなくても、お金があっても、してはいけない事がある」って教える方が、何倍も大変なんじゃないかと思う。

日本人の場合は、「そんな事しちゃダメ!ほら、あのおばちゃんが怒ってるでしょ!!」と言うのが多いが、それもどうかと思う。
他人に咎められなければ何をしてもいいという日本人気質は、こうやって育てられるんだろうか。
それに比べたら「おばけ」で脅す方がまだマシだが、おばけが通用しなくなる頃には、幼稚園の同級生たちから
「そんなことすると先生に言いつけちゃうよ!」と言われる様になる。

「モラルは本来美意識に根ざしているもの」と、中野翠が書いていたのを思い出す。「カネ」、「警察」、「赤の他人」「教師」なんかに美意識を育ててもらおうなんて、ちょっと甘いんじゃないでしょうか?

 

二階のパキスタン人


私達のフラットの二階に住んでいるパキスタン人の女の子と初めて会った時、彼女は24歳だった。
パキスタンから移民してきて、インド系のホテルで働いて一年目だと言っていた。
インドとパキスタンの国家間関係は非常に悪いのだが、勤め先では「おまえは所詮インド人だからよぉ」などと冗談を言っても問題ないらしい。
でも、インド系のホテルに勤めている事は、パキスタンの家族には内緒だと言う。
彼女はクラブ系のカッコをしてる時もあるし、民族衣装を着ている時もある。結構へヴィ・スモーカーで、今風(死語)のギャルである。

しかし、実は彼女、上は9歳、下は6歳の二人の娘の子持ち。逆算すると・・えっ?っと思うはず。
彼女は14歳の時、親の決めた見も知らない男と結婚させられたのだ。
彼女曰く「嫌で嫌で仕方がなかった」結婚が破綻し、彼女は祖国で生きていけなくなった。
「離婚した女は表も歩けない」「当然仕事なんてあるわけないから、食べていけなかった」のだそうだ。
幸い彼女の家は裕福だったが、じっとしていたら、また親の探し出してきた男と再婚させられていただろう。
彼女の父親は軍隊のエライさんだそうで、ビザの申請などに相当コネがきいたらしい。
彼女は「英国で働いて娘達に仕送りする」と言って親を説得し、亡命ビザを取得して英国に渡ってきた。
だから、彼女は二度と祖国の土を踏む事はできない。

彼女は「イギリスで自由を享受できて、私は本当に幸せ」と言う。
ネットで知り合ってメール交換していた男性と偶然直接出会うというドラマティックな機会を経て、その人との再婚できたらと思っているそうだ。
だが一瞬の後、「きっと絶対ダメ。父はもちろん、母が許さない」と言って表情を曇らせたのが印象的だった。

ここまで極端では無いにせよ、移民一世と二世の間の問題もどれもよく似ている。
二世が生まれ育った国が親の出身国より自由度の高い環境を有している場合、当然二世の子供たちは、自分の周囲の友人達と同じ生き方をしたいと願うが、それは自動的に「親を裏切る」「親の祖国のやり方を否定し、踏みにじる」結果となってしまう。
実際そのつもりは無くても、親がその様に捉えてしまう可能性はとても高い。
日系人についてはあまりそう言った話を聞かないが、宗教を規範とした道徳観が強い国の人々や儒教的思想の強い華僑などの場合、親と同じ価値観を持たないという事は親殺しに等しい罪悪という強迫観念が時おり見られる。

祖国に帰れない彼女は、家族が英国に遊びにきてくれるか、祖国に近いアラブ首長国連邦まで家族に出てきてもらうかしなければ、彼らと会う事ができない。勝手に再婚などして両親を怒らせたら、彼らが会いに来てくれなくなるだろうし、そうなったら娘達とも会えなくなる。つらい立場だ。

そんな中、彼女は、付き合っていたボーイ・フレンドの子どもを身ごもった。
現在はカレも二階に同居している。(事情が事情なので、二人の結婚については聞いていない。)

私達がそのフラットから引っ越す事になった事を彼女に告げると、彼女は「二階で食事会をしよう」と誘ってくれた。
彼女の部屋に行くのは久しぶりだった。
以前はぬいぐるみだらけで、いかにも「一人暮らしの女の子の部屋」だったのが、今はぬいぐるみが跡形も無く消え、しっとりと落ち着いた感じになっていた。
この日は、布を敷いた床にじかに座り、「ピクニック・スタイル」で食事した。彼らには馴染み深いスタイルなのだそうだ。
カーペットも特殊クリーナーでキレイに掃除してあって、家の中では靴を履かずに生活しているのが、まるで日本みたい。

戦局の最中にあるパキスタンは2000年10月現在大変な状況だし、彼女の父親や男兄弟は全員軍人なので、恐らく心中は穏やかでないに違いない。
しかし、パキスタン人の女友達やボーイフレンドと、衛星放送でインドの「渡る世間は鬼ばかり」的ドラマを見て笑っている彼女はとりあえず幸せそうに見えた。

インドとパキスタンは宗教問題がらみで歴史的にも敵対しているけれど、国境を接しているだけあって彼らの文化は非常に近い。
食べ物、音楽、ドラマなどの娯楽・・パキスタンの人々にとって、インドは身近な存在なのだそうだ。
インドで多く使われているのはヒンドゥー語(しかし、インドでは数え切れないほど多様な民族が共存しており、各々の言語は外国語同様に異なる為、ヒンドゥー語を解さない人々も多い)パキスタンで一般的に使用されているのはウルドゥ語。(公用語は英語)
良くも悪くも歴史的に関わりの深い二国だっただけあり、ヒンドゥ語とウルドゥ語は共通点が多く、30〜40%は同じ単語を用いている為、衛星放送のインド産ドラマなどの内容は、パキスタン人でもほぼ理解できるのだそうだ。こういう話はすごく面白い。

ただ、やはり二国間の関係はよくないし、彼女がインド系のホテルで働いていた事は実家の家族にも内緒だと聞いていたので、ボーイ・フレンドは当然パキスタン人なのだろうと思い込んでいた。
インド・ドラマを見てるとき、「インド人よりパキスタンの女性の方がキレイ」という話になったんで、カレが席を立ったスキに「やっぱりパキスタンの男の方がインド人よりカッコいいわけね〜」とお約束な下世話発言をしたところ、彼女とお友達は、「う〜ん。わたし達も実はそう思うんだけどね、でもカレはインド人なのよね」という返事。うわっ!気を利かせたつもりが失言に!

弁解がましいが、インド人(正確には「インド系英国人だが、便宜上こう呼ばせていただきます)のカレシは知的な雰囲気のハンサムだった。
カレのご両親は60年代にイギリスに移民してきたので、カレは生まれも育ちも英国のインド系二世である。
社交的な人で、自分がいかに刺身や寿司が好きかを力説していた。

そんな楽しいひと時を過ごした後、この日、またNYで飛行機事故が起こった事を知った。
「またもやテロ」という疑惑、相変わらず続く戦争・・。
今、イスラム教徒の人々を白眼視する人達が、地球規模で増殖傾向にある事は否めないと思う。私は割と昔からムスリムの友人が居たが、イスラム教という極端にかけ離れた宗教習慣を持つ人々に対して、リアリティを持てないという気持ちもわからないではない。
それでも、テロの犠牲になったアメリカの人々と同じように、イスラム教を信じる普通の人々にも、普通の暮らしや普通の人生、普通の喜びや悲しみが「ある」事すら知らない上、想像もしないというのは、私は罪と言ってもいいと思う。
テロリストと普通の人々を一緒くたにして、「アラブ人は恐い」とか「イスラム教は危ない宗教」と言った偏見が、これ以上加速しないでほしい。
世界の悪意や敵意を普通の人々に肩代わりされたくないのは、自分が同じ事の犠牲になりたくないから。
カレと彼女とこれから生まれてくる赤ちゃんが、こんな嫌な世界であっても、ずっと幸せに暮らしていって欲しい、と思う。

 

台湾人・夜更かしの極意


クラブ好きの友人からメール。「開始が水曜の午前1時からのクラブ・イヴェントなんだけど、勤め人は来るなってコトかしら?」
差出人は「ミポリンより」となっている。図々しい・・。
ま、私も「ダンベル体操中・深キョンより」「引退したくない!あみ〜ゴより」「小股の切れ上がった小料理屋の女将より」などとわけのわからないメールを沢山出してるので、人の事は言えないが。

そんな話はさておき、「夜遊び文化」が大人にまで行き渡るというのは、私はとても大切な事だと思う。
だって、せっかく人生を楽しめる年齢になってきてるのに、「明日早いから」って毎晩10時就寝&「寝だめしとかないと」って週末は12時間睡眠じゃ、今そこにあるステキな夜がもったいないじゃないっすか!
別に毎晩出歩けとは言いませんが、特別な夜の全く無い人生なんて、あまりにのっぺらぼうなんじゃないでしょうか?

現在、私はクラブにもパブにも行かず、ステキな夜はテレビかPCの前で過ごすと言う、白茶けた人生を細々と送っている。
しかし、台湾での主な活動時間は夜だった。台湾の場合、昼間暑すぎたり、雷雨が多かったりで動きにくいせいもあるし、第一、お店も遅くなってから開き始める所が多い。
それに、一般的に台湾人はものすごく夜更かしなので、彼らと行動を共にしていると、自然と夜間の活動が増えるのである。

夜市に行くと、深夜でも小さい子達がちょろちょろしていて、「こんな頃から夜型なのか・・」とビックリさせられる。
もちろん家族連れなんだが、屋台で働いてる人の子どもだったりする事もある。私は小さい頃、深夜おもてに出してもらった事なんて、一回も無かったよ・・。
毎日学校なのに、あんなに宵っ張りで朝起きられるのか?と思うけど、朝さえなんとか起きられれば、睡眠不足は「お昼寝の時間」で解消できるから大丈夫なんだそうだ。
台湾の学校では、昼食の後一時間、「お昼寝の時間」が設けられており、全員机にうっつぷして強制的に寝かせられるのだ。
枕の持参も可。つっぷして寝る為の「机用まくら」も売られている。
この習慣が台湾全土に(多分)普及している為、勤め先でもお昼ご飯を食べた後は机で昼寝してる人が多い。
お昼過ぎに友達の会社に電話すると、大抵すごく不機嫌な声を出されるのはそのせいである。
「寝てた?」と聞くと百発百中で「寝てた・・」という返事がかえってくる。
銀行などで、窓口の後ろの方で仕事している人達も、昼休みは皆机につっぷしている。
制服姿のOL達が、会社の机の上にずらっと枕を並べて爆睡中なのが丸見え。すごいよなー。

私はベッドでないと眠れないので、「どこでも寝られる」と豪語する人がとても羨ましい。
台湾人みたいに躾られていたら、手軽に睡眠不足が補えて、もっと充実したナイト・ライフが送れていたかも・・などと思ったりする。
で、冒頭のミポリンに「会社でちょっとお昼寝すれば?」と言ったら、「そんなこと出来るわけ無いでしょっ!!」と怒られた。
せちがらいわねえ・・。


 

 

嘘でもいいからキレイになりたい・・台湾式藝術照片


台湾の美容院はなかなか面白い。椅子に座ったまま頭を洗うのだ。
泡が固めで、水分が垂れてきたりしないのが不思議。しかし、美容師が爪を伸ばしていて、その尖った爪を思いっきり立てて洗髪されるのは嫌い。
痛いし、その後パーマをかけるとシミて大変なのだ。
しかし台湾の人に言わせると、「痒いのがスッキリしていい」とのこと。術後のマッサージは、女性美容師でもかなり力をこめてやってくれるので気持ちイイ。
それはさておき、或る美容院に行った後、担当美容師から手紙が来た。
美容院の広告なんかではなく私信で、「私とお友達になってください」という内容だった。
言っておくけど、相手は19歳の女の子である。しかも、あろう事か「藝術照片」入りで、一体どうしたものかと思った。

「藝術照片」とは、日本語で言えば「芸術写真」。台湾で大流行の、変身写真専用スタジオで撮った写真のこと。
一般人が、私家版アイドル写真集を作るのである。
なりたいイメージを決め、(「アイドルタイプ」「セクシータイプ」「ワイルドタイプ」などがある)衣装を選び、プロのヘア・メークに色々いじってもらい、カメラマンから「うーん、セクシーだ!」「その表情、グーだよ!」(←意訳)などとおだてられ、紀信に撮られているスターばりの気分を味わいながら撮影終了。数日後に、ぼかしと修正の入りまくった豪華写真集が出来上がるのだ。
これ、一度やった人はやみつきになるらしい。日本でも青山に「変身写真スタジオ」という名でオープンしてるそうです。
そこのホームページの素人モデルさん達のうっとりぶりはなかなか凄いが、本場のわざとらしいポーズやイッちゃっている表情の写真と比べると、まだまだ大人しいという感じ。日本人は照れ屋さんだからね☆

しかし出来上がった写真集って、ほとんど用途が無いんですね。
自分で時々眺めて、「コレが本当の私の姿(のはず)」という束の間の満足感を味わうのと、友人・知人に見せ、皆から「わー、キレイ!」(実物と全然違うわぁ〜!という心の声)という絶賛を浴びるのが主な用法なわけだが、それだけではどうも物足りない。
そこで、前述の青山の写真館のウエッブサイト上や自分のHPにその晴れ姿を載せてみたり、件の美容師小姐の様にプロマイド状の藝術写真(パウチ済み)を名刺代わりに配ったりする人が出てくるわけだ。
親しくない人の台湾製芸術写真は、受け取った後どうすればいいのか最も困る写真の一つである。

そうは言っても、台湾では、結婚式ともなると特に念入り且つゴージャスな芸術写真集(セミヌードの二人がトロンとした目つきで抱き合っている・・などという、バカップルも仰天の写真が満載)と、結婚写真のプロマイド(パウチ済み)が出席者に配られる。
私の知人は、結婚写真プロマイドを集めるのが趣味で、それらを名刺入れに入れて持ち歩き、「ここの奥さんはブス」「このカップルはの衣装は悪趣味」などと品評していた。残酷。
ちなみに、台湾の離婚率はアジアいちである。それでも、あのような結婚写真を撮り、そして配りまくる台湾人の勇気が私は好きだ。

関係ないけど、私の台湾人の友人(男)は、一般の写真館でパスポート用の証明写真を撮って出来上がった写真を見てみたら、鼻の下のホクロがなくなっていたのだそうだ。
写真屋が親切心から「修正」してくれたらしいが、パスポートの証明写真よ?お陰で日本に入国するとき、入管に思いっきり疑われたと言う。

美しさを追求していくうちに、それが本人の実像と違っていくのはちょっと哀しい。
しかし、完璧な藝術写真が一枚あれば、鏡に映った自分の顔がどうにも気に入らない時に写真を取り出し、「真実はこの写真の方・・」と言い聞かせ、自分を騙していけそうな気がする。
異国で年老いていく自分を慰める為にも、この次台湾に行ったら藝術写真を撮ってこようか・・・と、ふと弱気になる今日この頃である。

 

女がすっぴんを見せるとき:韓国人と日本人


「日本人女性の化粧方法はいいかげん過ぎます!」と韓国人の女友達が言っていた事をふと思い出す。あれから早や5年以上。日本人女性の化粧は年々濃くなり、当時の韓国女性たちのレベルに追いつけ追い越せの勢いだ。

ところで、普段ばっちり化粧している女性がノーメークになる時と、その契機とは、一体何なのだろうか?


その疑問は、韓国人女性たちに毎日囲まれてすごしていた頃芽生えたのである。

何故かと言うと、彼女たちは、ある日突然完全なすっぴんで人前に現れても、まったく気にかけていなかったからだ。普段の濃い化粧の顔に見慣れていると、ノーメークの顔は正に別人。化粧栄えする人ほど。「えっ・・」と思うほど落差が激しい。

 

友人の中には、真剣にモデル事務所に売り込みたくなる素晴らしい美人が居たが、ノーメークだと眉毛が全然ない。それでも彼女が美しいことに変わりはなかったけれど、そういう日は顔色も格別悪い。

彼女にノー・メークの理由を聞くと、「具合が悪くて化粧する気にならなかったの」とのこと。他の韓国人女性の「ノーメーク日」に理由を聞いても,大抵「疲れてて気力がなかったから」という答えだった。

実際、そういう日の彼女たちは地の顔色も悪く、口紅を塗ってないから、本当に具合が悪そうに見える。

日本人だったら、「せめて顔色を良く見せる為に口紅だけでも」と思うんだろうけど、彼女たちはそういう中途半端さを嫌う。そんなメークならしない方がマシなんだそうだ。
ちょっと聞きにくかったのだが、「でもさ・・いつもちゃんと化粧してるのに、突然素顔を見られるのって恥ずかしくない?」と質問してみたところ、彼女たち曰く、「韓国の女性はね、他の人の為じゃなくて自分の為に化粧してるの。きれいに“見せる”とか、元気そうに“見てもらう”ためじゃないの。だから自分がしたい時に、したい様にするんです」との答えが返ってきた。

そう言われてみると、確かにそうかもしれない。台湾に居た頃、韓国人留学生の間で濃い紫色の口紅が流行っていた。アイメークなども濃い目の色で、アーティスティックではあるけれど、かなり病的な印象のメークだった。
最初は韓国人も日本人も華僑も区別がつかなかった西洋人留学生達も、しばらくするとすぐにその違いがわかる様になる。当時、「濃い紫の口紅」か「幅細のメガネ(今は日本でも流行してるけど、韓国の方がずっと早かった)」だったら韓国女性、という見分け方がされていた。実際のところ、そのメークは男性達からの評判がむちゃくちゃ悪かった。それじゃ韓国人の男性はあのメークが好きなのか?というとそういう訳でもなく、どうやら無関心らしい。
彼女達は異性からどう見られるかよりも、自分がどうなりたいかの方を優先させている様だ。メーク方法が画一的なのは気になるのだけど、その辺りは、流行に敏感かどうかを同性同士でしのぎあっている感じ。

最近、子供のいる友人の家を訪ねる機会が何回かあったが、今まで化粧をバッチリしてた友達がいきなりノー・メークになってるのには驚かされた。
ある友人は、以前温泉に行った時、風呂に入ってメークを全部落としてから、カメラを車に置き忘れてきた事に気づいたことがあった。彼女は慌てて風呂から出て、「眉毛、眉毛!」と言いながら、更衣室で眉毛を描いてからカメラを取りに行ったのである。
「ともかく眉毛のない顔は、死んでも人に見られたくない」と言っていた彼女が、今回私が遊びに行った時、いきなりノー・眉毛で現れたので、私は「あら」と思った。もちろん私は彼女の眉なし顔も知っている仲である。が、彼女の自宅に行っても、ノー・メークで迎えられた事は今まで一度も無かった。

彼女はまだいい。別の知人は、私が訪ねていった時、どうみてもパジャマのよれよれのスゥエットの上下にぼさぼさ髪、そしてもちろんノーメークの、脂ぎった顔だった。
私は夕飯に招かれていたんだが、ちょっとその態度はホステスとしてどうか?と思った。ちなみに、彼女とはそんなに親しい仲ではない。外で会う時は高い服を着てちゃんとメークしてる人だけに、そんな風にされると、なんだか見くびられた様な気がしてしまったのだった。

別の友人の家にも何度も行った。彼女は子どもができる前もできてからも、、いつもきちんとメークしている。
濃いときも薄いときもあるけど、私はそれを彼女の見栄ではなく、私に対する礼儀か、あるいは、彼女はメークしている自分の顔の方が好きなんだろう、と思う。私は多分彼女のタイプに属している。

「子どもが居るから大変で」というのは確かだが、「子供を産んだから今日から化粧しないで会社に行きます」なんて女は居ないだろう。
友達の家に遊びに行って、子どもが出来たとたんにメークをやめて私を出迎えるのを見ると、日本人女性のメークの理由が、対社会的であると言う事に気づくのである。

日本人女性の化粧は、年々濃くなってきているけれど、やはりマナーとしての要素が根強いのではないだろうか。
以前友人が、「会社で男性はネクタイを締めてるだから、女性も口紅くらいはつけないと失礼よね」と言っていたことがある。
今のギャル・メークは相当なマナー違反だと思うが、(ま、去年のよりずっとマシ)「一旦化粧顔を他の人にお披露目したからには、素顔を絶対に見られたくない」と言うのを聞いて、やっぱり韓国人女性達とは違うんだなあと思った。


彼女達が道端でも電車の中でもお構いなしに化粧するのは、一見他人の目を気にしてない様だけど、毎日暇なしにその顔にしていなければ気が済まないのは、人に見せる顔に一貫性を持たせたいからだろう。「気分がよければ、いい様に化粧。悪かったらやらない」という自分主体のメークでは決してない。

イギリス人はメークしない人が多い。ポジションが高くなればなるほど、ノー・メークを一種のステイタスと考える節もあるぐらいだ。「化粧なんかで飾り立てなくても実力は隠せない」という自信の表れと言える。(もちろん、クラブに行くヤング女子は別。メスである事がわかる様にきちんと化粧してます)

大きな意味での社会にとって、自分のメークは必要なのかを考えると、私は不必要だと思う。
私の場合は、自分に対する礼儀のために化粧する。他人に対しても同様の礼節をわきまえていますよ、という事を示す為に、人を家に呼ぶときも化粧をする。
私がメークをやめるとしたら、それは一体どんなきっかけなのだろうか。今回帰国してみて、子どもはそのきっかけにはならないだろうな、と思ったんだけど。

 

 

欧州に住む中国人向け雑誌・「新界線」を読む

 


エディンバラにある中華系食料品店に行った時、ついでに買ってみたこの雑誌。
無意味なことに全ページカラーで、一冊£2(約350円)。スカスカな内容から行って、あまり安くは無いお値段である。

英国に住む日本人向けには、広告収入で発行されているフリー・ペーパーが5、6誌発行されているが、中国語で無料配布されいているのは仏教の布教用新聞だけ。旧英国領・香港からの移民もあり、英国における中国人コミュニティーはかなりの規模だと言うのに、中国人同士の横の繋りは、個人レベルで留まっている様だ。
この雑誌は、ヨーロッパ各地で発行されているらしいが、英国版の場合は、イギリス国内の記事がメインに据えてある。

私の購入した4月号の目玉は、
「中華料理のテイク・アウェイ・ショップ(持ち帰り専門店)を営む夫婦が、英国人乳母に一人息子を略奪された!」という記事であった。記事の内容を要約してみると・・

「英国に住む華人(中国大陸出身か否かに関わらず、中華系の血をひく人々)の大多数は飲食産業に従事している。
就労時間が長く不規則なのと、“子どもには英語を身につけて、英国の社会に完全に溶け込んでほしい“という親の意向から、子どもを英国人に預けっ放しにしておくケースが多い。
しかし、英国の法律では、朝から晩まで三年以上に渡って子どもの面倒を見た人は、その子を養子として引き取る権利があると明文化されている。
そんな法律を知らずに子どもを預けっ放しにしていた為に、14歳になる一人息子を英国人女性に“略奪”されてしまった夫婦の実情に迫る。」


この話の主役は、エクスターという場所で「お持ち帰り中華の店」を営む陳夫婦。
現在、江澤民やトニー・ブレア首相、BBC放送、「TIMES」誌などに、「我が子を返してください!」と訴えているらしいが、記事を読んでいると、あまり同情の余地がないんだよなぁ〜。


彼ら夫婦は31年前に香港から移民してきて、1987年に息子Lが誕生。
しかし、当時は自宅で病人の介護をしていた関係もあり、子どもの面倒を見る時間が全く無く、近所に住むSという英国人女性に、週40ポンド(約7000円。「学費や食費は別」と言っているが、それにしても異常に安くないか?)で子どもを預け始めた。
「一週間に三回は、S婦人はL君を連れて夫婦の働いている中華レストランで、タダで昼食を食べていた」、「時々Sの親戚も来て、タダ飯を食っていた」などと書かれているが、「フルタイムで一週間に7000円」なんて激安の給料で子どもの面倒を見てもらっておいて今さらそんな事を言うのは、ちょっとセコいんじゃないか?と思う。

しかも、1年2年ならともかく、14年間である。子どもだって、S婦人になついて当然だろうが。
S婦人がL君を養子にしようと思い立ったのは、L君の実親の夫婦仲が悪く、ダンナが奥さんに暴力を振るい、二人が離婚調停に入ったのがきっかけだった様だ。
S婦人は現在66歳で独身。
以前は看護婦として働いていたそうで、実子は居ないが子どもの面倒を見る事はとても上手で、L君の他にも、知能障害を抱える女の子を引き取って育てているという立派な女性である。
記事を読む限り、どう考えてもS婦人側には非がないと思う。ど
んな事情があるにせよ、14年間もほとんど息子の世話をせず、取られそうになったからと言って騒ぎ立てる権利は無いんじゃないか?

しかし、そこはそれ、「骨肉の関係以上に重要なことなど無い」のが絶対信条の中華系の人々。
この記事でも、「血は水よりも濃し」(「血濃於水」)とか、「子どもは自分の体から落とした肉」(「自己身上掉下来的肉」)などとしつこく書かれていた。


あまつさえ、
「S婦人が子どもを引き取ったのは、全て彼女のエゴから来ている。
彼女は子どもを産んだことが無いから、他人の子どもを育てて母親気分を味わいたいという欲望を満足させたかったのだ。
彼女が知能障害の子どもを引き取ったのは、そうすれば政府からの金銭的援助があてにできるからだ」(陳夫婦の長年のビジネス・パートナーである男性談)
などという偏見に満ちた意見まで書かれていた。


こんな事を平気で言う人こそ、子育てなんかしたこと無いんだろうな、と思う。(私も無いけど。)
健常児を育てるのだって簡単な事じゃないのに、政府からの福祉援助だけを目当てに知的障害のある子どもを引き取るなんて、どう考えたって有り得ない。
この人たちは、「実子でない子どもを養うなんてキチガイ沙汰は、何か打算があっての事に違いない」という意識から、絶対に逃れられないんだと思う。

記事を読んでいて、「これってスゴ〜く中国人的な発想・・」と思った点は他にもある。
養子になったL君の事を、「生まれた時から今に至るまで、行儀もよく、学業も優秀、健康で活発な美少年」(だから、S婦人は彼を養子にしたかったのだ)としつこく強調し、「彼の去年の成績は、16科目でA、今年春の成績は、9科目中6科目でA,3科目がBという優秀さ」などと書いた上に、彼の通信簿までデカデカと掲載しているのだ。
S婦人が彼を養子にしたくなったのは、あくまで「L君は出来が良くてハンサムだったから」と言いたいらしい。

ハッキリ言ってバカバカしい。L君が成績優秀かどうかなんて事にこだわっているのは、中国人の実父母の方ではないか?
S婦人は、例えL君がバカでも不細工でも彼を可愛がっていただろうし、養子にする事にためらいは無かっただろうと思う。
そう言う気持ちが、理性を以ってしても理解出来ない点で、既に彼らはS婦人に負けているのである。


あと、「一人息子」を強調する点ね。

台湾では、未婚の娘が死んだところで、お墓も位牌も作ってもらえないぐらい、女の子には価値が無いと見なされている。
中国大陸の場合、「一人っ子政策」のせいで、「一人しか産めないなら男の子」という図式が定着。
お腹の子どもが女の子だとわかるや堕胎に走る親も少なくないと聞く。実際、現在の中国の出生率の男女比を見ると、男の子の出産率が異常に高い。
台湾、大陸、海外に住む華僑を問わず、華人社会では、「息子が居ない=おかわいそうに・・」という図式に疑いを抱く人すら居ないぐらいだ。
陳夫婦の子どもがもし女の子だったら、果たしてこんなにまで大騒ぎしていただろうか?と思うと、かなり疑問である。

陳夫婦だけでなく、血のつながりだけに依存して子どもを自分の支配化に置こうとする中国人(及び、日本人も含め、儒教思想の影響下にある東洋人)が、欧米の価値観の中で育つ子どもを血でからめとる事は、そんなに簡単な事ではないだろう。
略奪なんかされなくても、子どもは自発的に愛情のある方に行く。
「赤の他人」に全てを任せっぱなしにしていた陳夫妻は、「実の息子」であるL君に捨てられたのだ、と私は思う。

私の知り合いの中には、子どもを親戚に預けながら、英国で働き仕送りをしている中国人女性が二人居る。
子どもを長期に渡って人に預け出稼ぎをするのは、中国大陸ではごく普通のことだ。


しかし、祖国なら問題とされない状況も、価値観の違う世界ではとんでもない結果を引き起こすことになりかねない。
今回紹介した様な事件だけでなく、移民にまつわる悲劇のほとんどが、そういう点に集中している様な気がしてならない。


(2002.4.23記)