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グレアム・ノートン(Graham Norton)

 

 

基礎データ:本名、グレアム・ウォーカー。(Graham Walker)

ゲイ・キャラクターで有名なコメディアン。テレビ司会者。

 

1963年4月4日 、住人の98パーセントがカソリック信者であるアイルランドのCorkで生まれ育つ。父親はギネス・ビールのセールスマンで、母親は地域の母親会のリーダーと言う、かなり堅実な家庭だったようだ。

 

グレアムはジャーナリスト志願だったが、ジャーナリスト養成学校の試験にあえなく失敗。結局コーク大学に進学して英語とフランス語を学んだものの、 たった一年で学校生活に失望してしまう。

大学中退後、「ヒッピーになるために」アメリカに渡った彼は、20歳でサンフランシスコのヒッピー・コミューンに入り、自給自足生活を経験。サンフランシスコでの生活の中で、俳優になることを決意する。

アメリカからロンドンに渡り、Central School Of Speech and Dramaに入学。その頃から、曾祖母の旧姓「Norton」を名乗る様になる。

 

20代後半まではバーテンやウエイターとして生計を立てていたが、自分の毒舌ゲイ・キャラクターが客受けすることを認識し、コメディアンへと方向転換を始める。

パブの舞台でスタンダップ・コミックを始めて大人気となり、お笑いや演劇の新人登竜門であるエディンバラ・フェスティバルに参加。1992年から1997年までの間、毎年ワンマン・ショーを開催した。

グレアムの名は徐々に全国区で有名になっていき、1997年にはPerrier Awardにノミネートされるまでになる。

 

1997年は、グレアム・ノートンの当たり年となった。

大人気シット・コム「ファザー・テッド」に騒がしい牧師「ファザー・ノエル」の役で出演し、英国人視聴者に強烈な存在感を印象付けることに成功。その後、チャンネル5でトーク・ショーの司会代役として登場し、同局で最初の司会番組「Bring Me The Head Of Light Entertainment」を持つことになった。

それから間もなくチャンネル4で放映されたシリーズ「So Graham Norton」がメガ・ヒットとなり、グレアムはコメディー界で、独自の地位を確立。テレビ界、放送界で数え切れないほどの賞を受賞し、2004年にはアメリカ進出を果たした。

現時点ではBBCとの契約が控えているが、グレアムのアメリカでの活躍はまだしばらく続きそうだ。

 

参考サイト:http://www.campaschristmas.com/ のこのページ

V Graham Norton公式サイト

NY Graham Norton公式サイト

 

私的コメント

 

グレアム・ノートンの下積み期間がこんなに長かったとは知りませんでした。

エディンバラ・フェスティバルに出た時点で既に29歳。ブレイクしたのが34歳と言うのは、ゲイ・キャラならではの売れ方かもしれません。

日本だって、ゲイの方のメジャー・デビューは遅めでもいいという事になってるじゃありませんか?山崎トオルさんやKABAちゃんも30代になってからの遅咲き開花だし、華道家の假屋崎省吾先生や、ゲイではないけど編み物界の貴公子である広瀬光治先生も、皆ある程度年齢を経てから有名になっていますよね?

 

思うに、ゲイ・キャラって若い子がチャラチャラやってるだけだと、かなり軽く見られてしまうと思うんですよ。その場ではちょっと面白がられるけど、すぐに飽きられてしまう可能性も大。

女性的であっても周囲からバカにされたりしない雰囲気を身につけるのは、ある程度の年季が必要なんじゃないかと思います。

キャラクター以外にも自分の専門分野に自信を持っているというのも大切。ゲイの特性と言われる繊細さやセンスの良さ、キレのいい毒舌などが生かされる職業に就いている場合はなおのこと、年をとれば取るほど、ゲイ・キャラとの相乗効果が増していくのではないかと思います。

 

といっても、グレアム自身は、それほど女性的ではないですけどね。まぁ、男が好きな事は確からしいですが、お年よりも結構好きみたいですよ。

グレアムがまだドラマ・スクールに通っていた頃に行きつけだったコーヒー・ハウスのオバちゃん(現在、お婆ちゃん)のベティー(音声付き動画)を、有名になってからずーーーーっと自分の番組に出演させていたのがとても印象に残っています。

 

 

グレアム・ノートン関連小ネタ集

 

I WAS Hetelosexual!

2004.9.7.

 

アイルランド出身の人気プレゼンテーター、グレアム・ノートン(Graham Norton:「グラハム・ノートン」と言う表記も有り)が、このほど自伝So Meを出版しました。

 

元々、スタンダップ・コメディアンとして地位を確立していたグレアム・ノートン 。

テレビ界に進出後、2000年には、自ら司会進行役を勤めるバラエティー番組「So Graham Norton」(チャンネル4)を開始。

その後、番組は「V Graham Norton」とタイトルを変えて継続し、丸3年近く毎日テレビに出ずっぱりだったグレアム。

週5日、毎晩10時からライブで番組をこなしているうちに、グレアムは見る見るやつれていきました。

週5日放送の番組を担当していてやつれないタモリの方が不思議だとは思いますが、グレアムはタモリとは逆に、めきめきと髪が薄くなって行 きました。もしかしたら、意外と繊細な方なのかもしれません。

 

ところが私の心配とは裏腹に、グレアム・ノートンは今年に入ってから、突然アメリカ進出の野望を果たしました。

向こうに一時移住し、イギリスで放映されていたのと全く同じ形式のバラエティー番組、「NY Graham Norton」のシリーズを開始。(番組は既に終了)

ゲストに来るのがアメリカのセレブになった事以外、以前と取り立てて変わり映えのしない、下ネタメイン(勤務先での閲覧注意→:この手の題材)の内容だった様です。

この番組がアメリカで失敗したのか成功したのかは、定かでありません。

 

その後に続いたアメリカ版グレアム・ノートン・ショー「The Graham Norton Effect」も、明日からBBC3で放映されるそうです。 て事は、前の番組もそこそこ成功してたんでしょうね。どっちみち、うちは地上波しか入らないから見られませんけど。

 

何故かアメリカにこだわりのあるグレアム。実は学生時代、アメリカに留学してたんだそうです。

これがグレアムの国際学生証の写真

(当時は本名の「Graham Walker」)

 

 

ふさふさ!

 

今回出版された本「So Me」の中で、グレアムはアメリカ留学時代に女性と付き合っていた事を明らかにしています。

 

当時のお相手は、写真左のエリザベスさん

 

著作の中では、二人の一年以上に渡る交際についても触れられているとのこと。

 

その後彼はロンドンに渡り、(元々アイルランド出身)20代でゲイであることに目覚めたんだそうです。 以来、苗字を祖母の旧姓だった「Norton」に改め、今に至るまでの快進撃をスタートした・・という話。

そう考えると、グレアムのアメリカ進出は「第二の故郷に錦を飾る」的な物なのかも。どっちみち、松田聖子やX JAPANとは全然違う理由でしょうね。

 

しかし、昔付き合ってた人がいきなりゲイになってテレビに出てクネクネしてるのを見たら、相当ショックだと思います。グレアムの元GFのエリザベスさんも、アメリカでグレアムの番組を見てるのかな?

KABAちゃんや山崎トオルさんの元カノも(居たとしたらの話ですが)、今、複雑な心境かもしれません。

 

(写真はHEATより)
 


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グレアムの紹介する上海(2003.1.5)

 

 

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